秀808の平凡日誌

第四拾壱話 烈戦

第四十壱話 烈戦

「さて…そろそろ始めようとしましょう、クロード殿」

 名も無い崩れた塔の8階から、古都ブルンネンシュティングを見据えて紅龍は言う。

 その真下の搭の入り口付近には、この搭に住む『デスピンサー』や『ソードスパイダー』、上空には『マーブルガゴイル』や『死霊魔術師』等のモンスターが数え切れないほど展開していた。

 これほどの大軍勢なら、今の古都ブルンネンシュティングを陥落させることなど簡単だろう。

「…では、クロード殿。先に出撃をなさっていてください。セルフォルスと私は少し用がありますので」

「あぁ、わかった」

 クロードは短くそう告げると、近寄ってきた1匹の『エボニーガゴイル』に飛び乗り、指示を待っている他のモンスター達に高らかと告げた。

「…全軍出撃っ!今日こそ終わらせる!」




 名も無い崩れた搭から少し離れた山地の地下ドッグの中、禍々しいまでに巨大な機体の中で、特殊なパイロットスーツを着たセルフォルス・グランチェルは調子外れな笑い声を洩らしていた。

 全高20メートルを越す全身を、エレメンタル・リフレクターと大火力の兵装で鎧った『GENOCIDE』―――彼はようやくこのバケモノを手に入れたのだ。

 ふとモニターに紅龍の姿が映し出され、セルフォルスに命令する。

「お前達は手始めに、この近くの村のリンケンを攻撃しろ。わかったな?」

 通信が一方的に切られると同時に、天井の巨大なハッチが開いていく。

 巨体を繋ぎとめていた無数のケーブルが脱落し、スラスターが二百トンを越える機体をふわりと浮かび上がらせる。

 セルフォルスは愉悦に満ちた叫びをあげた。

「…へ……へへ……さぁぁ行っくぜぇぇぇぇ!!!」

 ハッチを飛び出した途端、砂に覆われた大地と曇り空が視界を染めた。

 ビガプール戦から戻ったセルフォルスは、紅龍によって過去の全ての記憶を消され、この決戦に備えて更なる調整を受けた。

 彼にはすでに、クロードやネビス、黒龍のことはおぼえてはいない。大きく削られた記憶と、廃棄施設の資料を元に作り出し、大量に用いられた薬物のために、その人格は破壊されたも同然だった。

 その空白の脳に残されたものは、紅龍への絶対服従、「勝たねばならない」という刷り込まれた欲求―――そして、この巨大兵器への執着心のみだった。

 砂塵の吹き荒れる焦茶色の大地に、黒々と鈍く光る『GENOCIDE』がそびえ立つ。だがハッチから歩み出たのはセルフォルスの操る機体だけではない。

 彼の背後と同様に、周囲の砂色の斜面が割れ、偽装されたハッチからのっそりと姿を現したものたちがあった。

 そびえ立つ巨体、カブトガニを思わせる円盤部から突き出した鳥のような脚部、過剰なまでの兵装。

 それらはみな、セルフォルスが乗る機体の同型機――四機の『GENOCIDE』だった。

 その機体を操っているのは、廃棄施設にあった培養カプセルから最も保存状態の良い少年達の体に魂を吹き入れ、セルフォルスと同じように強化された人間達である。

 だがセルフォルスにはすでに、それが『仲間』であるという認識も無い。いや―――誰かを『仲間』と認識することさえ忘れてしまった。
 
 彼はずっと一人で戦ってきたのだから。

 空白――なにかが欠け落ちた、軽くて痛い空白。それしか心には残っていない。

 セルフォルスは焦茶色の斜面を滑り降り、砂の海へと巨大な機体を進める。永遠に続くかと思われる砂漠の向こうに、ポツリと小さな村――『砂漠村リンケン』が見えた。

「うおらあああああああッ!!」

 セルフォルスは雄叫びを上げながら、機体上部の長大なエネルギー砲から火を解き放った。たちまち太い熱線が砂上を駆け抜け、射線上の建物をのみ込んでいく。

 背後から追尾する四機の『GENOCIDE』も、彼にならうように『レクイエム』を放った。瞬間、砂の海は火の海に変じる。

 ビームが村を薙ぎ払った後には、燃え尽きた建物の残骸しか残らなかった。

「最高だぜェ、こりゃあ!」

 セルフォルスは巨大なバケモノの内部で、けたたましい笑い声を上げた。






「リンケンの在留部隊との通信が根絶とは、どういうことだ!?」

 リンケンに向かう途中だった古都ブルンネンシュティング軍と天上界の天使軍の連合軍の先頭の馬車に乗っていたファントムは、今さっきリンケンの在留軍と通信していた部下からの報告を聞いて怒鳴りつけていた。

「何かあったのかも…しれないな」

 新調した漆黒の鎧に身を包むランディエフの予感が的中したかのように、馬車に一人のシーフが慌てた様子で駆け寄った。

「ファ、ファントム様!前方から大量の敵が!!」

「…何だと?」

 ランディエフ達は馬車から降り、向かおうとした方向を見ると、前方上空には『マーブルガゴイル』と『死霊魔術士』の群れ、陸上には大量の『デスピンサー』と『ソードスパイダー』の姿が見えた。

 ファントムが高らかに後続の部隊に告げた。

「…戦闘準備急げ!空を飛べる者は上空の敵を、飛べない者は地上の敵を掃討しろ!」

 後続から、次々と天上界の天使兵、『浮遊』の能力を持った装備を持つ仲間達やビーストテイマーのペット達が次々と飛び立っていく。

 その光景を見ながら、ファントムは背後の仲間達にも小さく告げる。

「…恐らくこれが最後の総力戦だ……全員、生きて帰って来るんだ、いいな!」

 全員から力強い返事が返ってきたと思うと、それぞれの獲物を手に戦場へ向かった。



© Rakuten Group, Inc.